何時までも初心を忘れずに

通信紙媒体ナナイロが好き 2019年"AI元年” "AI”とはQUEENすべてのことを示す

表情やジェスチャーもすべて、コミュニケーションの一環 |メールやSNS程度の文章で気持ちが伝わるはずがない

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 学芸大学駅近辺を散歩しながら、考えごとをした。

 そういえば、昨年の夏、"スワンボートの女”とケーキに食ったりしたな”

 "カフェでの昼食中に「右目から出血騒動」などあったな”とぼんやり近辺を散策していた....

 お手紙でも書こうかと思い、近くのコンビニに立ち寄り、ノートを購入した。

 ある程度想いを綴ることが出来た。直に渡せると良いと考えている。

 

 考え方が変わった。

 直に面と向かって話す以外無いと考えている。メールやSNS程度の文章で気持ちが伝わるはずがない。ライン程度の文字の羅列に意味があると思っていない。

 もちろん、考え方の違いもあるから、押し付けることはしないが、自分としては、文字そのものに意味があることと考えていない。

 文字にどおりに大して意味もない。ただ、否定もしない。

 

 文字通りにしかとらえられないから、イメージを働かすことも出来なければ、無いところに有るものとして、言葉を連ねることも難しくなってしまう。文字どおりでしか、相手を見ていないから。相手にイメージすることが出来ない。つまり、相手が黙りこくるとイメージが出来なくなる。

 イメージする力そのものが、コミュニケーション能力そのものと言えそうだ。自由に想像することで、創造できる。無いところに有るものとしていくことが出来る。

 言葉を連ねることも出来る。イメージする力。

 

 相手と対峙し、しっかりとお話をしていくしかないのだろう。日々の中で繰り返し行う事で、ようやく、相手を知ることが出来る。

 なので、手紙も直に渡して、顔を見て話す必要があるのだ。言葉だけではない。表情やジェスチャーもすべて、コミュニケーションの一環だ。お手紙の文章程度で伝わらないことは沢山ある。それこそ、電話でも駄目。

 分かりっこない。

 

 ともに過ごすとしたなら、ある程度、しっかりお話ができる人なければダメなのだろう。自分としてもしんどくなってしまうし、相手も同様にそうなのだろう。

 考えてみるとそういない。ともにできる奴はそういないことも理解できるはず。

 バカと子供は嫌いなのだ。

 

100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)

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