#3いわゆるアダルトチルドレン。“kikunaミナミ”

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“トレンチコート”から“セーラー服”まで、起源はみな軍隊のためのもの

トレンチコート(Trench coat)は、冬季用の外套(オーバーコート)およびレインコートの一種。

トレンチコートの起源は第一次世界大戦のイギリス軍で、寒冷な欧州での戦いに対応する防水型の軍用コートが求められたことから開発されたものである。もっとも、その原型は既に1900年頃には考案されており、第一次大戦での普及が、一般への広がりの契機となったとも見られる。

「トレンチ(塹壕)」の称は、このコートが第一次大戦で多く生じた泥濘地での塹壕戦で耐候性を発揮したことによる。平時のファッションとして用いられるようになってからも、軍服としての名残を多く残す。

トレンチコート - Wikipedia

“トレンチコート”から“セーラー服”まで、起源はみな軍隊

“トレンチコート”の起源は第一次世界大戦のイギリス軍

 少しづつ気候も穏やかになり、重くなりがちな気分も前向きになりつつある季節ですね。春物のコートも気になりだします。トレンチコート良さそうですね。そんなことで、トレンチコートについて調べました。

 “トレンチ”(Trench) とは、塹壕のことを指しています。塹壕とは、戦争で歩兵が砲撃や銃撃から身を守るために使う穴または溝。野戦においては南北戦争から本格的に使用され始め、現代でも使用されている。

 日本陸軍では散兵壕(さんぺいごう)と呼んだ。個人用の小さなものはタコツボ、蛸壺壕(英語:フォックスホール)とも呼ばれた。

 肩にはボタン留めのショルダーストラップ(エポレットとも言う。肩章と同一視されることもあるが厳密には異なる)が付き、水筒や双眼鏡、ランヤード(拳銃吊り紐)などを吊ったり、ベルトを掛けたりすることができる。また、戦中に仲間が倒れた時には、このストラップを持って引っ張ることにも役立ったのだそう。

 

肩章(けんしょう、かたしょう)は、肩の線に沿って装着される細長い布或はモール紐等で出来た付属品である。

形状によって数種類に分類されるが、日本語では全て肩章と称される。また、肩に付ける階級章のことも肩章と呼ぶことがある。

肩章 - Wikipedia

塹壕(ざんごう、英: trench)は、戦争で歩兵が砲撃や銃撃から身を守るために使う穴または溝である。野戦においては南北戦争から本格的に使用され始め、現代でも使用されている。

日本陸軍では散兵壕(さんぺいごう)と呼んだ。個人用の小さなものはタコツボ、蛸壺壕(英語:フォックスホール)とも呼ばれる。

戦闘陣地の一種と位置付けられる。簡素な手掘りの穴から、柵や有刺鉄線、土塁、土嚢、木材、コンクリートなどで補強された野戦築城まである。

塹壕 - Wikipedia

肩幅を誇張する効果をもつ肩の装飾のこと。

ヨーロッパで 16世紀に男女の衣服の袖付けぎわにつけることが流行したが,今日では軍服の肩章やレインコートなどの肩飾りに多くみられる。

エポレットとは - コトバンク

M-51“モッズコート”、MA-1、N-3Bもみな同じ軍用のもの

 トレンチコートとは、軍用だったのですね(*‘ω‘ *)

 という事は、モッズコートも同じですね。エポレットとかもついてますね。同じだ。MA-1も同じなら、N-3Bも同じですね。

 みな軍用のものになるようです。

 

M-51「モッズコート」として知られている軍用パーカは、狭義には1950年代に採用された米国地上軍の極寒防寒衣料の51年型モデルを指す。

米軍MIL規格mil-p-11013(1951年3月14日)により規定される名称は、「PARKA SHELL M-1951」となっている。

いわゆる「フィールドジャケット」の上に羽織る「パーカ」として使用し、襟にはフードが縫い付けられ、フラップ付き大型ハンドポケットが両脇に設置されている。両肩にはショルダーループ(ショルダーストラップやエポレットとも呼ぶ)がある。

M51 (モッズコート) - Wikipedia

MA-1は、フライトジャケットの一種である。アメリカ軍における軍用品規格番号はMIL-J-8279からMIL-J-8279Gまでの八つ。

アルファ・インダストリーズ製のものが広く流通しているが、他にスカイラインクロージング等の軍納入業者の物が確認されている。読み方はエムエーワンだがマーワン、マースト、エムワン等と語呂良く呼ばれることが多い。

MA-1 - Wikipedia

“Pコート”19世紀末からイギリス海軍が艦上用の軍服として着用

 そういえば、学生のころにピーコートを着ていたような気がする。もしや....( ;∀;) 

 艦橋や甲板などの厳しい気象条件で使用することから、風向により左右どちらでも上前を変えることが可能。片方のボタンが破損してももう片方で止められるという冗長性確保の意味もあったが、軍艦の居住性の改善などにより現代の各国海軍のPコートは左前にしか止めることが出来ない。

 コートの丈は作業性を重視して短い、肉体労働が少ない士官用は長く作られていることが多いのだそう。

 

19世紀末からイギリス海軍が艦上用の軍服として着用していた他、漁師たちの間でも着用されている。特にフランスのブルターニュ地方の漁師などはこれをよく着ている。

オランダ語でラシャのコートを意味する pij jekker が語源と言われている。英語では pea coat 、ドイツ語では Caba と呼ばれる。パイロットコートともいう。

幅広のリーファーカラー、防寒性を重視したメルトン生地、手を温めるために縦に切り込みを入れたマフ・ポケット、碇をあしらった手袋をつけたまま扱うために大きくデザインされたボタンなどが特徴である。

Pコート - Wikipedia

ちなみに“セーラー服”も元々は19世紀に水夫の甲板衣として誕生

 セーラー服は、19世紀に水夫(セーラー、英語:sailor)の甲板衣として誕生した。

 セーラー服の特徴である大きな襟の理由については、甲板上で風などの影響によって音声が聞き取りにくいときに襟を立て集音効果を得るためなど諸説あるが、定かではない。

 セーラー服が出来た頃の船乗りの間では、長髪を後ろで括ってポマードで塗り固める髪型(タール漬けの豚の尻尾)が流行していたが、船上ではなかなか洗濯が出来ないので、後ろ襟や背中が脂やフケで汚れを防ぐためという説もある。

 しかし、イギリス政府のサイトでは、“豚の尻尾”は1815年以降急速に廃れ、記録に残っているのは1827年が最後であるのに対し、大きな襟が現れたのは1830年以降なので、“豚の尻尾”とセーラーカラーが共存していた時期はないと指摘している。

 更に同サイトでは、初期の襟は円形であったが、男性が自分で繕うのに簡単なため、方形になったとしているのだそう。

 

セーラー服(セーラーふく)は、セーラーカラーと呼ばれる、独特の形状をした大きな襟が特徴のトップス。

世界中で海軍の軍服として使用され続けている他、19世紀後半から20世紀初頭にかけて子供服や女性のファッションとして世界的に流行した。

また、その頃日本でも導入され、現在の海上自衛隊においても使用され続けているセーラー服タイプの女子学生の制服は、コスプレ文化と共に「"Sailor fuku"」の名で世界中に広がっている。

セーラー服 - Wikipedia

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