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『サッカー戦術クロニクルゼロ』で、トータルフットボールについて勉強中 |日本人選手はスペシャリストよりゼネラリストが良いという話か

サッカー戦術クロニクル ゼロ トータルフットボールの源流と未来

サッカー戦術クロニクル ゼロ トータルフットボールの源流と未来

 

日本人は一人ひとりが体格差で劣っているからこそ、必要なのか

“トータルフットボール”から、再度、学び直すことにした。以前も、どこかで読んだ記憶があったのだが、忘れている。なので、学び直しを、本を読みながら、ネットで調べつつ進めてみようと思う。

トータルフットボールとは何か?

プロローグから、書かれているものになるが、トータルフットボールとは、1974年西ドイツワールドカップで準優勝したオランダ代表の代名詞なのだとか。

キャプテンでエースでもある、ヨハン・クライフを中心に、ポジションを入れ替えながら、攻守をおこなったことから、トータルフットボールと呼ばれている。

また、同じ時期の西ドイツもトータルフットボールと呼ばれており、当時、流行した言葉だったとか。

1974 FIFAワールドカップ(英: 1974 FIFA World Cup )は、1974年6月13日から7月7日にかけて、西ドイツ(現・ドイツ)で開催された第10回目のFIFAワールドカップである。西ドイツが決勝でオランダを2対1で下し、スイス大会以来2度目の優勝を遂げる。

1974 FIFAワールドカップ - Wikipedia

ヨハン・クライフ(Johan Cruijff)ことヘンドリック・ヨハネス・クライフ(Hendrik Johannes Cruijff OON(英語版), 1947年4月25日 - 2016年3月24日)は、オランダ出身のサッカー選手、サッカー指導者である。選手時代のポジションはフォワード(センターフォワード、ウインガー)、ミッドフィールダー(攻撃的MF)。

ヨハン・クライフ - Wikipedia

「我々の前には、オーストリアのヴンダーチームがあった」

アヤックスでトータルフットボールを始めたと言われているリヌス・ミケルス監督は、

「我々の前には、オーストリアのヴンダーチームがあった」と話していたようです。

ヴンダーチームと呼ばれたオーストラリアは、1930年代にピークを迎えたのだとか。ミケルスは1928年生まれ。当時の映像もほとんど無いと思われることから、ヴンダーチームに言及したのは、イメージが明確に語り継がれてのこと。

それだけ、人々の記憶に残るプレーをしていたのだとなるのでしょう。センターフォワードは「紙の男」というニックネームのマティアス・シンデラー。技巧派のシンデラーはゴールを狙うだけでなく、自由に動いてゲームメイクもしていたのだそう。このあたりが、トータルフットボールにつながるチームとされる理由の一つのようです。

リヌス・ミケルス(Rinus Michels オランダ語発音: [ˈrinʏs ˈmɪxəls], 本名 Marinus Hendricks Jacobs Michels, 1928年2月9日 - 2005年3月3日)は、オランダ・アムステルダム出身のサッカー選手・監督。本来の発音はミヘルスが近い。

サッカー界を代表する稀代の名将。「トータルフットボール」と称される組織戦術で、近代サッカーに一石を投じた人物。率いたチームにおけるその厳格な指導方法から、「将軍」と呼ばれた。彼が指導した代表的な選手としてヨハン・クライフ、ヨハン・ニースケンスらがいる。

オランダのプロ・フットボールクラブでの年間最優秀監督に贈られる賞には彼の名前が付けられ、リヌス・ミヘルス・アワードと呼ばれている

リヌス・ミケルス - Wikipedia

ヴンダーチーム(Wunderteam、Wonder Team、「驚きのチーム」)とは、1930年代前半にヨーロッパ最強と言われたサッカーオーストリア代表チームのニックネームである。

ヴンダーチーム - Wikipedia

マティアス・シンデラー(Matthias Sindelar, チェコ語: Matěj Šindelář, 1903年2月10日-1939年1月23日)は オーストリア・コズラウ(現在チェコ・コズロフ・ウ・イフラヴィ Kozlov u Jihlavy)出身のサッカー選手。ポジションはセンターフォワード。

179cm・63kgという細身の体型と、相手ディフェンダーの間をいつの間にかすり抜けてゴールを決めるプレースタイルから、紙の男(der Papierene, Man of Paper)と呼ばれた。1930年代前半にヨーロッパ最強といわれ、ヴンダーチーム(Wunderteam, Wonder Team)と呼ばれたオーストリア代表の中核となった選手であり、現在も多くの人にオーストリアサッカー史上最高の選手と認められている。

マティアス・シンデラー - Wikipedia

トータルフットボールの核になる部分のようです

1950年代のハンガリー代表も、トータルフットボールのプロトタイプだったのだそう。こちらは映像が残っているようで、グスタフ・セベシュ監督は「社会主義のフットボール」を掲げており、全員攻撃全員守備を理想としています。

GKを除くすべての選手が、すべてのポジションでプレーするイメージのようです。実際に、そこまでポジションが流動的ではなかったようなのですが、センターフォワードが中盤まで引き、入れ替わりに、インサイドフォワードやウイングが前線へ出ていくポジションチェンジを頻繁にしていたのだとか。

ポジションが固定的であった当時としては画期的で、流動性と、それに伴う選手たちの攻守両面での働き。トータルフットボールの核になる部分のようです。

サッカーハンガリー代表(Magyar labdarúgó-válogatott)はハンガリーサッカー連盟(MLSZ)によって編成されるハンガリーのサッカーのナショナルチームである。

1950年代初頭、ナショナルチームの連勝記録となる33連勝を達成、当時の世界最強国としてその名を轟かせマジック・マジャールと呼ばれていた古豪である。

サッカーハンガリー代表 - Wikipedia

何故ポジションを入れ替える必要があったのか

プレイヤーは同じようにこなせるわけでは無い。攻撃能力の高い選手でも守備が苦手、また、その逆もある。足の速い選手、得点力のある人、空中戦に強いなど、得手不得手があり、特徴にあったポジションに配置される。

すべてのフィールドプレイヤーがすべてのポジションを同じようにこなすことは理想ではあるものの、非現実的。全員攻撃全員守備のポジション互換性の高いトータルフットボールより、適材適所のポジション固定型戦術の方が効率が良いようにも感じられる。

“各ポジションにスペシャリストを組み合わせる”

この発想からはトータルフットボールの意義は見えてこない。適材適所を超えたところにトータルフットボールのメリットがあるはずなのです。

ジミー・ホーガンという英国人指導者

第一次世界大戦がはじまる前に、英国からヨーロッパ大陸に渡り、いくつかの国でコーチとして活動。その一つがオーストリアであり、ハンガリーでもありました。

ホーガンがヴンダーチームとマジック・マジャールの基礎をつくったと言われ、ハンガリーのセベシュ監督は、30年代の強豪であるオーストリアを念頭にチームを作っていたのだとか。

ジミー・ホーガンが大陸に伝えたものとは、スコットランド式のショートパス戦法。

自身はイングランド人で、ロングボールとフィジカルコンタクトのイングランド式ではなく、ショートパスを中心とした緻密なスタイルを教えたのだそうです。

ショートパスの連続でボールを運び、敵陣に攻めるとなると「動き」も不可欠。パスを受け渡しながら、動く。動きと技術、それらをタイミングでもって結び付ける必要に迫られる。タイミングを共有するためにも、ボールを正確にコントロールするための技術が必要になる。

ショートパスのフットボールでは技術の緻密さやアイデアが必要にもなるが、スペシャリティは特に要求されない。

背が高い、足が速い、強いボールを蹴ることができる、ドリブルで突破できるなど特別な能力は、とくになくても良い。かわりに、ボールを止める、蹴る、動く、味方と敵の動きをみる、次の展開を予測するといった能力が重要となる。また、チーム全体が、それらを持っていないと成立しない戦術となるようです。

マジック・マジャール(Aranycsapat, Magical Magyars/Golden Team)とは、1950年代前半に4年間無敗の記録を作り、ヨーロッパ最強といわれたサッカーハンガリー代表チームの通称である。

左足の魔術師プスカシュ・フェレンツ、ヘディングの名手コチシュ・シャーンドルなど能力の高い選手を揃え、シェベシュ・グスターヴ監督によりMMシステムと呼ばれる戦術を用いたチームは、1950年6月の対ポーランド戦(親善試合)から1954年6月のワールドカップ・スイス大会決勝の西ドイツ戦まで、32戦して28勝4分無敗という記録を作った。期間中の1試合平均得点4.5点が示すように、圧倒的な攻撃力が特徴であった。

マジック・マジャール - Wikipedia

パスワークこそトータルフットボールの源泉となっている

技術のフットボール、ショートパスを軸にしたプレーでは「動き」が伴う。このプレースタイルに向いた技術のある選手がそろった場合、自然とポジションの流動性が発生する。

パスをして動き、受けてさばいて動く。それが連続すると、DFの選手は流れの中で前線に出る可能性が生じるため、攻守が入れ替わった時には、FWがDFのポジションを埋めることが必要になる。

技術とショートパスを軸にしたフットボールの行き着く先は、ポジションの流動性のあるトータルフットボールになっていくと考えられる。

単に選手のポジションを交換するからトータルフットボールとなるのではなく、パスワークを貫いた結果として、ポジションの互換性が必要になった。つまり、パスワークこそトータルフットボールの源泉となっているのだと言えそうです。

個のスペシャリティは決定要因とはならない

たとえば、“快速ウイングからのハイクロスを長身のセンターフォワードがヘディングシュートを決める”というスタイルでプレーすると、足が速い、空中戦に強いといったスペシャリティが決定的となる。適材適所の個+個がチームの力。

一方、パスワークのトータルフットボールでは、個のスペシャリティは決定要因とはならない。全員が「フットボールを上手くできる」ということがはるかに重要になるようです。

戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語

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